季節が変わって気付くこと

コロナコロナと、大人が忙しく立ち回っているうちに

子どもたちの世界は新学期になり、昨日までの当たり前は思い出になり

「新しい生活様式」なんてものも、決して新しく感じない毎日がやってきます。


大人が「危ない」とか「どうしよう」と騒いでいるうちに

「もっとこうしたらいい」

「やってみよう」と

試すものを見つけていくことも

子どもの素晴らしい能力だと思うことがあります。


今日は2つの研修依頼をいただきました。

6月の運動会がなくなって、せっかくの全員出席だからと声をかけていただいた園。

9月の予定が、コロナで1月に延期になった研究会。

どちらも

コロナだからと行って仕舞えば諦められることを

「じゃぁ、こうしてみよう!」

と、動いたリーダーたちからの、お声がけでした。


この時期

「これまでどおりの集合研修」を待つ保育園や保育士と

「いっそこのこと、新しい学びを探してみよう」と取り組む園がはっきり分かれているようです。


私たちの周りには、

「どんなときでも」「いくつになっても」と

重ねた年齢分のエネルギーを持ち合わせた保育士さんが集まってきてくださって、

賑やかで嬉しい時間をいただいています。

その姿を見ていると

「学びなんて、日々の中でできることが山ほどあるのに

「よし頑張るぞ!」と

園や自宅から出かけることありきになっていると

楽しいことを逃してしまうなぁ」

と思わずにはいられません。

水田に水が張られ、季節が変わったことが伝わってきました。言葉で聞くよりも、自分の目で見たものの方が、スッと心に届くことが不思議です。

洗濯物や課題、明日の用意など、今日やらないと朝が不安なこともあります。

そして、Youtubeを見たり、少しお酒を飲んだり、読みたいエッセイがあったりと、今日やっておきたい、寝不足覚悟でもやりたいこともありますね。


どうしても、休みたい時。

私はやり残したことを小さなメモに託して、明日の朝まで忘れることにしています。

やらなかったことを覚えておくだけで、今度はその罪悪感で気が休まらず、窮屈な夜になるからです。


日々、小さな選択と、安心と、できなかった不安を味わいながら、大人たちは暮らしています。

心の落ち着けかたを探りながら、朝日を楽しみにする夜を過ごしてみようと思います。

2020.06.08 がじゅまる情報局

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